◆印象的なコラボと、『グノーシア』IPが守られてきた秘訣
ハタノ氏:なるほど。続いては、IPを広げる上での話に移りたいと思います。他社さんとのコラボレーションも重要になってくると思いますが、水谷さんがこれまで行ったコラボのお話や、今後やってみたい異業種コラボがあれば教えていただけますか。
水谷氏:うまくいったなと思ったのは『Ib』ですね。『Ib』はフリーゲームとして元々リリースされた、美術展が舞台のホラーゲームです。数十年前に流行っていたので、「『Ib』を売るならば本当の美術展をやりたいな」と思っていました。
でも、美術展のやり方が分からなくて。誰に言えばできるのかも分からないし、そもそも美術館って借りれるのかなとか、そして絵をどうやって用意するだろうとか、疑問があったんです。

そこでたまたま、PARCOさんのチームと知り合いになって、「美術展をやりたいんです」と話しました。すると「できますよ」と答えていただき、実際にニンテンドースイッチ版『Ib』の発売記念で、「ゲルテナ展」を展開しました。
やっぱり『Ib』というゲームの最大の魅力で、ほかにはない“不気味な美術展”の部分を最大化する意味では、実現できて本当に良かったです。また、ここでPARCOさんチームと知り合えたことで、後の「PARCO Presents GNOSIA STORE 5th Anniversary」開催にも繋がりました。
あとは、映画「8番出口」が8月に公開されましたよね。監督・川村元気さんの会社であるSTORYさんと、東宝さんの映画プロモーションチームと、我々ゲームのプロモーションの側、三者の共同で何ができるかを模索してやってきました。
そのとき皆さん原作ゲームを大切にしてくださっていて、「やりたいことがあれば、どんどんやってください。むしろやりましょう!」という空気だったので、他社さんとの共同ではとても上手く事例だと思っています。
また「おじさん」役の俳優・河内大和さんに、東京ゲームショウで「おじさんによる『8番出口』の実況プレイ」をやって欲しい」とお願いしてみたら、「良いっすよ」と快諾で(笑)。

ハタノ氏:本人が実況を(笑)。
水谷氏:「良いんだ」と思いましたね(笑)。おじさん自らが脱出を目指すという企画ができたのは、我々だけではできないし。作品の魅力を最大化する上ですごく良かったかなと思いますね。
ハタノ氏:そういったコラボ展開の話は、途中から逆オファーみたいな感じで、相手から来るものなのでしょうか。
水谷氏: 『Ib』の場合は、私が「『ゲルテナ展』をやりたいけれど、どうしたら良いんですか」と発案していますが、映画「8番出口」の場合は先方さんからですね。映画化したいというお話が、開発者・コタケクリエイトさんのところにまずは来たという感じです。
ハタノ氏:なるほど。おじさんはもうアイコンみたいになってますよね。
水谷氏:大人気ですね。みんなおじさんの写真を撮ろうと必死で。ただのおじさんを(笑)。カッコいいおじさんですが、『グノーシア』みたいな可愛い女の子とか、すごくきらびやかな衣装を着ているキャラクターとかではなく、普通のおじさんですからね。
ハタノ氏:ご本人は喜んでおられますか?
水谷氏:とても喜ばれていました。河内さん自身がゲーム好きで、「東京ゲームショウ楽しい!」と仰られていたので、良かったです。
ハタノ氏:川勝さんは、これまで行ってきたコラボや今後のやってみたい異業種コラボについて、どんな考えを持っていますか?
川勝氏:「このクリエーターさんと組むの?」とか、「この会社と一緒にやれるんだ」と思っていただければ、ユーザーの皆さんへサプライズになるのではと考えています。ただ、我々が作っている『グノーシア』などのIPについて、「どこまで許容するのか」というラインもあって。あまり悪ふざけみたいなものは、ちょっと避けたいなと思っています。キャラクターが好きという方もたくさんいらっしゃるので。
そこを線引きしながらやっていくので、これからの展開にはぜひ注目いただきたいです。「え、たった4人で作った6年前のゲームが、こんなところと組めるの!?」みたいなものを、皆さんと一緒に味わいたい気持ちがあるので、もう少し広げていきたいなとは思っています。
ハタノ氏:アニメ「グノーシア」発表の時点でびっくりされた方がたくさんいらっしゃると思うのですが、メディアミックスがまだあるということですよね。
川勝氏:そうです。アニメも含めてのプロモーションで、アニメでアニプレックスさんと組んだからこそできるようなこともたくさん増えました。それを踏まえて、さらに楽しんでいただけるような施策をいろいろ考えているという感じですね。
ハタノ氏:なるほど。どんなコラボなんでしょう……。
川勝氏:「え、マジで!?」というものがある可能性も(笑)。
ハタノ氏:イメージを膨らませておきたいと思います。次に、先ほどゲーム実況の話も少し出ましたけれども、SNSやインフルエンサーとの連携についてもお聞きしたいです。ここ数年、IPの拡散において欠かせないものになっていますよね。
特にインディーゲームにとっては、ユーザーとの距離が近いところも強みのひとつなのかなと思うのですが、川勝さんは普段どのようにSNSを活用して作品の認知を広めたり、ファンと関係を作ったりされているのか、お伺いしたいです。
川勝氏:実は、プチデポットって、ちゃんとしたSNSがないんですよ。公式Xも何もなく、もう誰が見ているんだみたいなブログがあるくらいで。あとはデザイナー・ことりさんの個人的なXアカウントしかないんですよね。その姿勢を5年間ずっとやってきたんですけれど、なぜそうしていたかは「あまりゲームの内容(物語や設定など)について詳しく語りたくない」と言いますか……。
自分で発信するよりも、例えばメディアさんからオファーをもらって、そこで初めていろいろと話してみるとか。ことりさんがデザイナーとして絵を描いてSNSに掲載することも、文字で語るより、絵でコミュニケーションを取れるので大事だと思っています。
インフルエンサーの方々との距離感も大事だなと思っているので、こちらから何かアプローチすることはありません。皆さんゲームが好きで、楽しく遊びたいときっと思っていらっしゃるので、そこの妨げにならないようにしています。例えばうちのコンテンツは『グノーシア』も『メゾンド魔王』も「誰でも自由に実況して良いよ」としているので、それでどんどんと熱量が上がってくるんですよね。
1、2回で終わらずに30~40回も実況プレイされる方もいらっしゃって、もはやマラソンみたいな気持ちで、一緒に楽しんでいます。そこからじゃあ何かコラボしましょうかというオファーがあることは考えられますが、あまりこちらから何か積極的に語りかけるようなことはないですね。
ハタノ氏:あえて距離を置くことによって、正直な実況や発信に繋がっているんですね。ほかに、ファンとの繋がりについて気を付けていることや意識していることはありますか?
川勝氏:ひとつ目は、こういう場にファンの方がいらっしゃったら、できるだけファンサービスはしっかりしようというか(笑)。「いつもありがとうございます」という気持ちをお伝えしたいと思っています。
2つ目は、こういうイベントなどで僕が直接話をするだけではなく、グッズ販売など違ったサービスでコミュニケーションが取れたら良いなと思っています。とにかく、何かのサービスを介してコミュニケーションを取ることを僕は大事にしています。
ハタノ氏:アニメを介したファンとの繋がりは、どのようなものになりそうですか。
川勝氏:「こういうことだよ、そういう意味だよ」と制作面から伝えたいところもたくさんあるのですが、できるだけ皆様がご自身の目で見てどんな作品かを判断していただければと思います。
ハタノ氏:なるほど。話題は少し戻りますが、『グノーシア』が最初に注目を集めたときの反応は覚えていますか?
川勝氏:発売前から京都のインディーゲームイベント「BitSummit」にて初出展するなど、定期的にさまざまなイベントで本作をお見せしてきました。その中で徐々に注目度を高めていき、業界の方たちにも興味を持っていただいたんです。そして「1人で遊べる人狼ゲーム」がどういうものか、世間的に知られていないということもあり、業界人からアドバイスをもらいました。
そこで「これって完成できるんですかね」とか、「いや、ちょっと思っていたものと違うな」とか、いろいろなことを言われるわけですよ。でも僕らはもう完成形が見えているので、「時間さえあれば完成する」と確信があったわけですが、途中段階しか見せていないので、いまいち伝わらず。そして生まれたのは、「今に見てろよ」というような気持ちと怒りですね。
ハタノ氏:怒りですか(笑)。
川勝氏:いや、怒りは大事ですよ。怒りがないと最後までやり切れなくなりますよね。強い感情がないと4年間も作り続けられないんですよ。
それに、先ほど水谷さんも「IPを大事にする」と仰ったられていたように、自分たちがIPを確保するためには、他者からお金をもらわないことも大事だと思うんです。僕らは一切お金を受け取ろうとしなかったので、だからこそ「全部我々のもの」というつもりでIPを作りたかった、というのはありますね。
ハタノ氏:それは、やっぱり他者からお金を受け取ることで権利もそうですし、その人の意見とかをどうしても受け入れねばならなくなるから、ですよね。
川勝氏:それはそれでとても大事なので、受け入れることはすべきだと思うけれども、ただ、ここぞというときはやっぱりNGとも言わなきゃいけないことがあるんです。「これは止めてほしい」という意識は、ある程度保持すべきじゃないかなと僕は思います。
クリエイターの皆様も、「グッズを作りませんか?」と突然オファーされた際は、「この人はほんとにゲームをどこまで知っているのか、自分のコンテンツを好きでいるのか」と聞いた方が良いと思います。
で、もし「安易にとりあえずこの絵を使って、グッズを作ったらどうにかなるだろう」みたいな人たちだった場合は、僕はお断りしますね。自分たちが大事にしてるものを一緒に大事に作っていただける方と組めるかはすごく重要です。
キッパリ断ってこないと多分『グノーシア』は続けてこられなかったし、ファンの人たちもついてこれなかったんじゃないかなって思ってるので。……これって尖りすぎ? 大丈夫?(笑)。

ハタノ氏:いえ、すごく良いお話だと思います。水谷さんは今のお話を聞いていかがですか。
水谷氏:そうですね。月に1回か2回ぐらい電話で話すことがあるんですけど「ろくでもないオファーが来た」っていう愚痴をよく……。
川勝氏:いやいやいや!そんなことは言ってないですよ。怖いな水谷さん(笑)。
水谷氏:変な話、『グノーシア』のロゴが乗ったアクリルキーホルダーって今はもうお金になると思うのですが、やっぱりそれをやらなかったことが、このIPを守ってこれた、今まで価値を保持できたというのは間違いないと思っています。
ハタノ氏:ありがとうございます。では、ここから具体的な成功事例にも触れていきたいと思います。
水谷さんがパブリッシャーとして見てきた中で、「これは成功したな」と感じたIPの展開事例はありますか?
水谷氏:そうですね。『グノーシア』で言うと、「銀の鍵」のグッズ化です。ゲーム中に「銀の鍵」と呼ばれるキーアイテムがあって、最初に出てきて最後まで繋がってくるものなのですが、これのグッズ化はすごく喜んでいただけましたね。

川勝氏:あれも3、4回作り直しましたもんね。
水谷氏:かなりこだわって作ったので、それが濃いファンの方たちから良い反応をもらえて、すごく嬉しかったです。
あと、川勝さんとの雑談で「若者の消費疲れ」「消費離れ」みたいな話になったのですが、若い方は不況でお金をなかなか使えないこともあるけれど、実はお金を使うのが嫌なんじゃなくて、単純に彼らの欲しいもの・価値あるものを提供できていないだけなのではという話題が出て。
川勝氏:なんか怖い(笑)。
水谷氏:いや、 いい話だなと。本当にそうなんじゃないかなと思ったんですよね。やっぱり欲しいものを提供するという当たり前のことが一番IPを展開できるというか。
何においてもビジネスを度外視して、“良いもの”を作ることにこだわったから成功したんだろうな、ってことを改めて感じたのが、銀の鍵のグッズ化でしたね。
川勝氏:自分がユーザーだったとき、アイテムのグッズ化が好きだったので「こういうの出たら欲しかったな」という原体験は大事だなと思っています。もしクリエイターの皆様が自分のIPを持ったら、ユーザーの立場になって「欲しかったことをやってみよう」みたいな挑戦をされても良いんじゃないかなって思いますね。
