あの“カシオ計算機”(以下、カシオ)がストリーマー事業に参入しました。ええ、あのG-SHOCKなどを手掛けるカシオです。
しかもデバイスではなく、“配信のスケジュールを登録するサービス”や“配信で使える効果音を生成するサービス”など、ソフトウェア面で。

実際に筆者も“配信のスケジュールを登録するサービス”である「Streamer Times」を使ってみると、その機能の多さにびっくり。視聴者の“視聴可能時間”が一目でわかるUIは、「いつ配信すれば見てもらえるのか?」という悩みに対応しやすく、配信の登録自体も楽ちん。
いち視聴者としても、数多くの配信サービスを一括で確認できるのがうれしく、たくさんのサムネが並ぶ番組表のような画面も華やかです。






しかしここで気になるのは、「なぜカシオが?」という点です。あのカシオがなぜ、デバイスではなくストリーマーの支援サービスを作っているのか。本サービスの立ち上げに大きく関わったお三方に話を聞いてみたところ、このサービスは“兼業VTuberの大変さ”を知る、とある1社員の経験から生まれたというのです。
Streamer Times|公式サイト◆頑張っている配信者の手助けを。カシオが目指す、配信業界との関わり方とは
――本日はよろしくお願いいたします。まずは簡単に自己紹介をお聞かせいただけますか。
石崎:「Streamer Times」自体の商品企画と、その上にある“クリエイターエコノミー事業”の企画などを担当しました。石崎と申します。
伊藤:私はプロダクトオーナーという役回りを担っております。主な役割は、品質や仕様の設計の管理、そして大まかなリリーススケジュールの管理などです。
岩品:私はおふたりとは少し部署が違うのですが……このプロジェクトが始まったきっかけに、自身の経験が大きく絡んでいまして。

――経験というと……?
岩品:私が友人のVTuber活動を手伝っていたんです。そのときのエピソードがきっかけで「Streamer Times」のプロジェクトが始まりました。
――なるほど! ちょっと詳しくお伺いしてもいいでしょうか。
岩品:友人は個人で活動している兼業VTuberで、本業の仕事をしながら配信活動を行っています。ただ、その活動はかなり大変そうで。仕事で疲れている日は配信ができませんし、配信の準備や裏方としての作業もありますし……副業として楽しくやりながらも、多忙な日々を過ごしていました。とくに、配信告知用のスケジュールを作る作業がとても大変なんですよ。
――X(旧Twitter)でよく見る、“一週間の予定”みたいなやつですね。
岩品:ファンから「何時から、何のライブ配信をするのか事前に知りたい」という要望をいただくことが多く、前もって告知することでより喜んでいただけると感じています。ただ、兼業で働きながらその準備を進めるのは、大変な部分があります。
せっかく一週間分の告知をしても、本業の残業が発生すると、そのプラン通りに進められなくなってしまいます。一度告知した内容を再度ファンの皆さんに伝え直す作業も負担になりますし、残業がいつ発生するか分からないため、スケジュール管理には本当に苦労しています。
――配信を1回お休みするだけでも、いろんなことがズレちゃうと。
岩品:そうした中で、「スケジュールを簡単にファンに告知できるアプリがあれば嬉しいな」と思って。それが「Streamer Times」立ち上げのきっかけになりました。
――ご自身の経験を踏まえた、配信者に近い立場からのご提案だったわけですね。
岩品:そうなります。

――岩品さんからお話を受けた際、伊藤さんと石崎さんはどういう反応だったのでしょう。
石崎:元々クリエイターエコノミーの新規事業立案に着手している段階で、市場の成長性や、カシオがすでに展開している音楽領域との親和性からライブ配信業界には注目していたところで、このお話を聞きました。 正直私たちはライブ配信の文化をよく分かっていなくて。YouTubeライブは見たことがありましたが、当時はそのほかの配信のアプリについて全く知らなかったんですよ。試しにインストールして配信を見てみたら、配信者の方から挨拶をされてびっくりしてしまって(笑)。
――(笑)。
石崎:「伊藤ちゃん、これはやばいぞ」と2人で話して……まずはそうやって、界隈のことを猛勉強することから始めました。それで、改めて「すごい熱量があるな」と。
伊藤:“よく分からない世界”というところから始まりましたが、市場に魅了性があるという環境要因と、実際に我々が見て感じた熱量、その2つを合わせて「これは可能性があるかもしれない」というところからスタートしました。
石崎:VTuberさんたちはプロ意識が高くて、夢を叶えるために配信を続けている人も多いんです。そこについてくるファンやリスナーの熱量もまたすごくて。非常に魅力的な場所ですよね。

石崎:ただ、商品として考えるとちょっと難しくて。というのも、スケジューラーサービスって基本的に無料ですよね。これを事業に繋げるのは難しい。うまく独自性を生み出せないかと企画を検討していくうちに、“番組表”というキーワードが出てきたんです。
――あの特徴的なUIですね。
石崎:ライブ配信にはサムネイルという文化もあるので、サムネイルが時間ごとに、ズラっと並べばすごく華やかな仲介プラットフォームになるのではないかと。そうした魅力的なプラットフォームを作り、熱量の高いユーザーに対して何かしらの価値を提供できれば、事業としても問題ないのではないかと考えるようになりました。
――なるほど。配信者の方々が予定を入れ込んでいくことで、番組表っぽくタイムラインに配置されていくような。
伊藤:必要最低限の手間で入力が完了するよう、入力の仕様にもこだわっています。
――ストリーマーの方が負担にならないように、ということですね。
伊藤:元々はもっといろいろな項目を入力してもらう設計でしたが、試作中実際に使っていただいた際に「これは面倒くさすぎる」と、お叱りの言葉をいただきまして……。もっと最低限、必要なものだけを詰め込めるよう改良しました。
石崎:ヒアリングをしていく中で痛感したのですが、ストリーマーさんって本当に大変なんです。何時間も配信活動をして、その前準備を前日にして、サムネイルも作って、というのを1週間ずっとやり続けている。「Streamer Times」を使っていただくからには、その手間をできるだけ最小限にしたいという考えです。

――有料機能として、X(旧Twitter)で告知するためのスケジュール表を作れたりもしますよね。
石崎:「Streamer Times」に登録していただいた配信スケジュールを、そのままテキスト出力できるというものですね。開発にあたって様々なストリーマーさんにヒアリングを行っているのですが、その方々からご提案いただいたものをヒントにして形に落とし込みました。
伊藤:スケジュールに関しては、「全部Photoshopでひとつずつ作っている」という方が多くて、手間も非常にかかるとのことでした。そこからさらに深掘りして「どういうものが理想ですか?」と聞いていき、何人かにヒアリングを重ねた上で今の形になっています。
――現場の声というか、実際に活動されている方からの意見を重視されていると。
石崎:……実は、最初はもっとほかの有料機能を検討していたんです。でもその機能についてストリーマーの方々にお話を伺ったところ「ありえない」と言われてしまい。すでにリリース直前で、アルファ版の開発まで進んでいたのですが、これではいけないと急遽リリースを後ろ倒しにして、ほかの有料機能で何かいいものはないかと改めてヒアリングをしていきました。
――リリース直前で! となるとかなり大変な状況だったのでは……?
伊藤:もうほぼ実装を決めていたぐらいの機能でしたからね。
石崎:もしいい反応をいただけていたらそのままリリースする予定だったのですが……。
伊藤:「なにかちょっと変えればよくなる」ぐらいの話ではなく、もう本当にボコボコだったので……。ヘコみながらいろいろ変えていきましたね。

――でも、そこまで作っていたのであれば「出してみなきゃわからないよね」みたいな感じでそのままリリースすることだって可能だったと思います。でもそうはせずに、また作り直した。その原動力はどこにあったのでしょう。
伊藤:確かにそのまま出すという選択肢もあったなと思います。ただ、やっぱりストリーマーの皆さんって大変な苦労をされているんですよ。そんな中で、何も知らない我々が考えたものをそのまま出して「後で直せばいいや」では、結局出しても意味がない。リリースを遅らせてでも、ちゃんと価値を提供できるレベルまで到達させないと意味がないと考えていました。
――なるほど、“モノづくりの精神”というか。大昔からさまざまなものを手掛けてきた、カシオらしい部分が見えた気がします。
Streamer Times|公式サイト◆特許を取った。会社を納得させるために。
――カシオらしいとは言いましたが、本来はこういうソフトウェアを作るような事業が中心ではないですよね。
石崎:そうですね。実際、この企画を会社の中で通していく中で、必ず「技術的観点でカシオがやる意味ってなに?」とは聞かれるんです。弊社には物作りで培ってきたハードウェアの技術資産はたくさんありますが、この領域ではそれを活かせないじゃないですか。
伊藤:販売経路も営業先もありませんしね。
石崎:承認を得るには、何かしらの強みを作らなければいけない。なので特許を出願したんですよ。
――特許を!?
石崎:「Streamer Times」では、視聴者側が“視聴可能時間”を登録できる機能がついています。「この機能はおもしろいのではないか」ということで、最終的に特許を出願したんです。で、その特許を持ったうえで「私たちはこれがあるので」と、社内の承認を得ていきました。
いまでは逆に、社内から「尖りすぎてていいね」と、応援されている感じです(笑)。

――「カシオっぽくない企画をよくぞあげてくれた」みたいな。実際、視聴可能時間を登録する機能はかなり革命的というか、おもしろい機能ですよね。
石崎:あれは伊藤とふたりで考えたアイデアですね。ファンの視聴に関する統計データがストリーマーさんに伝わったら便利なんじゃないか、というところから始まりました。
伊藤:X(旧Twitter)のアンケート機能を使っても同じようなことはできるんですが、ヒアリングさせていただいたストリーマーさんからは「Streamer Times」は、ライブ配信に興味がある人が集まるプラットフォームだから、その中で情報を集められるだけでも大きい」というお言葉をいただいています。
――純粋に配信を見たいファンの声を抽出しやすいと。たしかに、よくできていますね……。ほかにもカシオでは、もうひとつのサービスとして、AIでテキストから効果音を生成する「Waves Place」も同時に展開していますよね。こちらについてもお伺いしてよろしいですか?

石崎:こちらは主に打ち込みで音楽を作るサウンドクリエイターさんや動画系クリエイターさん、ゲームクリエイターさんに向けたサービスですね。ふたつのサービスを同時に立ち上げ、その間をユーザーが行き来することで、シナジー効果によって事業が拡大していく、ということを考えました。
――なるほど。その2つのサービスは相互に連携するような機能があるのでしょうか?
石崎:今のところ具体的な機能はないですが、例えばライブ配信で使う歓声などの効果音を生成できるので、ストリーマーさんにとっても使いやすいんじゃないかと。
逆にサウンドクリエイターの方々が、作業配信なんかで「Streamer Times」を使っていただけるとうれしいですね。
――いまはとにかく、「Streamer Times」と「Waves Place」の拡張に注力したいと。どういったストリーマーの方に使ってほしいなど、イメージはありますか?
石崎:毎週スケジュールを立てているような、計画的に活動されている方などは相性がいいと思います。その中でも「本業にしたいけれど、まだそれだけでは生活できない」といったような方々の手助けができればと。

――もともと兼業の方が抱えている苦労に寄り添うところからのスタートでしたもんね。リスナーの方々に向けてはどうでしょう。
石崎:そういう方々を応援したい、“推し活”の熱量が高い方などに届いてほしいですね。逆に、「あまりライブ配信に興味がなかったけれど、番組表を眺めているだけで面白そう」といったきっかけでこの世界を好きになってくれるような、潜在層の方々にも届いてくれたら嬉しいなと思います。
伊藤:僕自身、この事業に関わってから「Streamer Times」で配信している人がいないかを探して、ライブ配信を見たり聞いたりしながら仕事をするようになりました(笑)。まんべんなく、番組表に載っている色々な方を見ています。
――そういう出会いの場になれば素敵ですよね。

――……ちなみに、折角なのでそれぞれが好きなストリーマーさんってどんな人かお聞きしてもよろしいでしょうか?
石崎:私は癒される声の方が好きですね(笑)。ストレスが下がると言いますか……サービスを立ち上げる最中は本当に大変でしたから、よくお世話になっていました。
伊藤:明確に“推し”というほどの感情はまだ持てていないんですが、いろいろな方を見ている中で、なんとなく自分の趣味趣向がわかるようになってきました。「可愛らしい声の方よりは、落ち着いた声の方をよく聞いているな」みたいな。そのうち強烈に推したくなる方も出てくるかもしれません。
岩品:自分はやっぱり、頑張っている人が好きです。“登録者1万人”みたいな目標を立てて、そこに向かってたくさんの努力をしているような。伸びている人って、本当にいつ寝ているのか分からないくらい活動していて……そういう姿を見ると「この人すごいな、もっと見たくなるな」と、応援したくなりますね。
――三者三様のご回答、ありがとうございます! では最後の質問になりますが、今後、クリエイター向け・配信者向けのサービスを、カシオとしてどう見据えているのかお聞かせください。
石崎:先ほど少しお話しましたが、まずは「もっと伸びたい!」と考えている方々を様々なソリューションで支援したいと考えています。そして時代と共に変化していくライブ配信の環境に合わせてサービスを拡張していき、新しく生まれるストリーマーさんたちのスケジューリングも全て担えるよう、サービスを成長させていきたいですね。
――本日はありがとうございました!

「Streamer Times」は、8月27日より基本無料でサービス提供中。「ストリーマー向け スケジュール出力機能」は月額550円(税込)です。
また効果音生成サービス「Waves Place」も月額制サブスクリプションで提供中です。両サービスについて、詳しくはカシオ計算機公式サイトをご確認ください。