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【独占インタビュー】「VUY」から世界へ。『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』を手がけたマンガ編集者 林 士平が語る、マンガ家と編集者のこれから

マンガ編集者の林士平は、多様な作家育成と自らの経験を活かし、「VUY」で創作支援や新人育成に力を入れ、業界の未来を見据えている。

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【独占インタビュー】「VUY」から世界へ。『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』を手がけたマンガ編集者 林 士平が語る、マンガ家と編集者のこれから
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『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』など数々のヒット作を手がけてきた編集者・林 士平氏。

集英社の月刊少年ジャンプで編集者としてキャリアをスタートし、少年ジャンプ+編集部を経て独立。現在は自身の会社でマンガ編集とアニメプロデュースを行いながら、2024年には若手マンガ家支援のためのプロジェクト「MANGA APARTMENT VUY」(以下「VUY(ヴイ)」)を始動した。

2025年4月からは第1期生の入居も始まり、マンガに本気で向き合う若者たちが集う場として注目を集めている。今回は林氏に、「VUY(ヴイ)」立ち上げの背景や、編集者としての哲学、そしてこれからのマンガ業界の可能性について話を訊いた。

[取材,文=森元行、撮影=志田彩香]


ーーー林さんの自己紹介を簡単に教えてください

マンガ編集者の林 士平です。2006年からマンガ編集者をしているので、19年ぐらいですかね。最初は集英社に入社しました。月刊マンガ誌で編集者をスタートして、そこで10年近く働いた後で少年ジャンププラス+の方に異動し、そこで数年働いた後で退社した上で、自分の会社でマンガ編集とアニメのプロデュース業務をやっています。

ーーー小さい頃から編集者志望だったのでしょうか

いえ、特に目指していたわけではありません。就職活動中に「出版社も受けてみようかな」と軽い気持ちで応募したのがきっかけです。内定後に初めて編集の仕事について真剣に考えました。マンガは読んでいましたが、業界に入ってから周囲の熱量に驚きました。「めちゃくちゃ読んでました!」と言えるほどではなく、今も「たしなんでおります」くらいの距離感で付き合っています。

ーーー2022年8月に集英社を退社をしてご自身で起業をなされています。そういったキャリアの編集者の方は多いのでしょうか

正直あまり前例がない選択だったと思います。ただ、マンガ編集の仕事を続けていくうえで、自分にとっては「辞める」というルートしか見えなかったんです。入社して15~16年目、副編集長という立場になったタイミングで、もう少しキャリアを積めば編集長になる未来もあり得るかもしれない、という状況でした。

ただ、編集長になると現場の担当編集としての仕事からは離れなければならないという社内のルールがあり、基本的には組織管理の業務に移ることになります。もちろん、組織を管理すること自体が嫌だったわけではありません。でも、自分が担当している作家さんたちとの仕事を離れるには「今じゃないな」という感覚が強くありました。もう少し、あと5年から10年は現場で編集者として作品づくりに関わっていたいという思いがあったんです。

その時期、ちょうど自分が関わった作品が世の中に届いていて、仕事のやり方や感覚が間違っていないという手応えも感じていました。16年も続けてきて、自分の仕事が作家さんとしっかりマッチしているという実感もあったので、「今この瞬間にやめるのはどうなんだろう」という迷いも、もちろんありました。でも最終的には、「やりたい」という気持ちに素直に従ったという感じです。編集者として、作家の方々と一緒に作品を作っていきたい。その欲求が、自分の中で一番大きかったんだと思います。

住まいが変える創作の質

ーーー「MANGA APARTMENT VUY」を2025年に始動しています。「VUY(ヴイ)」を立ち上げることになったきっかけを教えてください

作家さんと一緒に作品を作っていくわけですが、最初から連載を持っている売れっ子の作家さんとご一緒することもありますし、まっさらな新人さんと、マンガ賞から始めて、読切を何作か経て、連載にたどり着き、そこから売れていくというケースもあります。

僕自身の働き方としては、どちらかというと後者の方が多かったですね。すでに売れている作家さんをスカウトするというよりは、育成段階からじっくりと関わって、連載を経て、2作目・3作目でしっかりと売れていくまで伴走する、というスタイルが多かったと思います。

どうすれば作家さんを育てられるのか、ということは、集英社で仕事をしていた頃からずっと考えてきましたし、会社を辞めた後も変わらず考え続けています。特に課題だと感じているのは、途中で漫画家を目指すことを辞めてしまう方が非常に多いということです。マンガ家を目指して賞を取ったのに、デビューしたのに、あと少しで連載が取れそうだったのに…という方々が、様々な理由でその道を諦めてしまう瞬間を何度も見てきました。

それが本当にもったいないなと感じていて。多くの場合、生活のために働かなければならず、マンガを描く時間が減ってしまうことで、プロの道から外れていくんです。もし、1年~数年間、マンガだけに集中できる環境があれば、そうした方々が辞めずに済むのではないか…と考えて、今に至るという感じです。

ーーー「VUY(ヴイ)」の名前の由来は?

名前については、社内でも本当にいろいろ議論しました。最初の頃は正直、ちょっとダサめの案も多くて(笑)。「若草荘」とかいろんな名前が出てきました。そんな中で最終的に「VUY(ヴイ)」という名前にたどり着きました。

この名前には、いくつかの意味が込められています。議論の中で出た話のひとつに「日本語って表音文字と表意文字の両方を持っている」という特徴があって、それが日本でマンガ文化が根付いた理由のひとつなんじゃないか、というものがありました。マンガもまた、音と意味の両方を含んだ表現なんですよね。そうした背景から、名前にも“意味”を込めたいという思いがありました。

「VUY(ヴイ)」という名前には、まず“描く道具”としての意味、つまりペン先をイメージしています。VがGペンのペン先、Uが丸ペン、Yがシャープペンシル。そしてもちろん、“Victory(勝利)”のようなポジティブな意味も後から重ねていける。短くて力強い響きも魅力でした。

あと、意外と大きかったのが、「VUY(ヴイ)」という名前が他に存在しなかったこと。これはかなりレアで、オリジナリティのある名前としても強いなと感じました。今でもたぶん、同じ名前の団体やサービスは見当たらないんじゃないでしょうか。

そういう意味でも「VUY(ヴイ)」という名前には、意味と意図の両方がしっかり込められていると思っています。

ーーー「VUY(ヴイ)」を通してどのようなことを達成したいのでしょうか

プロの作家さんが一人でも増えることは、僕にとって、そしてマンガ業界にとってもすごく幸せなことだと思っています。新しいプロの作家が生まれれば、読者は面白いマンガに出会えるし、僕自身も仕事をしていて嬉しい。基本的には、いいことしかないんですよね。だからこそ、「VUY(ヴイ)」がまずは一人でも多くのプロを生み出す場所になってほしい、というのが僕の根本的な願いです。

現時点ではその目的が中心ですが「VUY(ヴイ)」を運営していく中で、目的が変化していく可能性もあると思っています。いろいろな問題もあって、業界全体が厳しい目で見られるようになり、働き方に対する意識が大きく変わりました。今では、かなりしっかりとした労働時間の管理がされていて、昔は夜中まで働いて、時にはお酒を飲みながら仕事していたような時代もありましたが、今は本当に健全な方向に向かっていると思います。

ただ、編集者が健全に働けるようになった一方で、作家さんは個人事業主です。彼らは今も朝から晩まで、死ぬ気で作品を描いています。そんな中で、編集者が「今月は残業できないので…」と距離を置いてしまうことが、果たして彼らの仕事にとって正しいことなのか…その葛藤は、今も僕の中にあります。僕自身は、やっぱりそれができないんですよね。

ーーー一般的にはオンラインや出版社の会議室などで作家さんとミーティングを行うと思います。一方で「VUY」は作家の方々がひとつ屋根の下で暮らしているわけですが、メンタル面なども含めて、作品のアウトプットへの影響はありそうでしょうか?

まだ完全に答えが出ているわけではないのですが、確かに、作家さんとの距離は近くなってきているように感じます。ただ、昔の方がもっと“会っていた”という印象はありますね。

今から15年ほど前、メールは今ほど便利ではなく、画像データを送るにも容量の制限がありましたし、そもそも作家さんがスキャナーを持っているケースも少なかったんです。だから、FAXやMD(ミニディスク)でやり取りしていた時代もありました。そういう時代は、ネームの受け渡しも直接会って行う方が早くて楽だったので、自然と作家さんと顔を合わせる機会が多かったんです。打ち合わせも対面が基本で、地方の作家さんとは電話でやり取りするしかない、という状況でした。

それがコロナ禍をきっかけに一気に変わりました。すべてがオンラインに切り替わって、今ではそれがすっかり定着しています。便利になった一方で、やっぱり顔を合わせて話すことで生まれる空気感や、ちょっとしたニュアンスの共有が減ってしまったなと感じることもあります。

“あと少し”を支える場所として

ーーー「VUY」の1期生が入居して数ヶ月経過しています。応募や入居している作家さんたちにはどのような方が多いのでしょうか

参加してくださっている作家さんたちは、本当に年齢も背景もバラバラです。21歳から35歳くらいまで幅広くいらっしゃって、特に仕事をしながらマンガを描いている方々は、先ほどお話しした“辞めてしまうかもしれないギリギリのところ”にいらっしゃった方が多い印象です。30代の方々は、すでに読切を発表している方も多く、連載には至っていないけれど、確かな実力を持っている方々です。一方で、まだ受賞前の方もいて「もう少しで賞が取れそうだから、集中して描きたい」という思いで参加されている方もいます。そういう意味でも、本当に多様な層が集まっていると感じます。

地域も全国津々浦々で、北海道から九州までいらっしゃいます。沖縄の高校生が作品を送ってくれたこともありましたし、海外在住の日本人の方からの応募もありました。ボストンから応募された方もいて、国境を越えて参加してくださることに、僕自身とても感動しました。

ーーーかなり背景がバラバラですが、入居当初はどのような雰囲気でしたか?

みなさん大人ですし、僕らも大人として向き合っているので、「仲良くしようぜ!」みたいなノリを強制することはありません。もちろん、自然と仲良くなる人たちもいれば、「自分は自分の道を黙々と進みたい」というタイプの方もいて、本当にバラバラです。

僕らとしては、平和に過ごしてくれたらそれでいいし、無理に仲良くする必要はまったくないと思っています。押し付ける気もありません。極論、「とにかく描いてくださいね」と。「資料もたくさんあるので、読んで考えて、作品に集中してくださいね」と伝えています。

でも、意外とみんな仲良くしてるんですよね。青春みたいな雰囲気があって。バスケに行ったり、一緒に買い物に行ったり、展示会を見に行ったり、夜中に映画を観たり。もちろん人によりますが、自然とそういう関係性が生まれているのは嬉しいですね。お互いにリスペクトを持って接してくれていると感じます。

住まいのルールとしては、リビングは共用ですが、各部屋の行き来は禁止にしています。トラブル防止のためです。バスケは近くにコートが数カ所あって、みんなでよく行っているようです。

もちろん、僕がいる前では誰も口論なんてしないでしょうから、見えていない部分もあるとは思います。でも、少なくとも僕の目に映る範囲では、皆さん本当に大人な振る舞いをされているなという印象です。

今は、みんなが作品づくりと生活に没頭している空間です。それ以外のものが入り込まない、すごくシンプルで、でも豊かな時間が流れていると思います。

ーーー連載をすでに持たれている作家さんもいますか?

作家さんの中には、受賞作品や読切がすでに世に出ている方もいます。ただ、現時点では連載を持っていて、それが単行本になっている方はまだいません。基本的には、みんな連載前の作家さんたちです。でも、本当に「あともうちょっと」という方が多いんです。半年、1年集中して取り組めば連載に届く可能性がある。でもその「あと少し」が難しい。生活のために仕事をしなければならず、マンガに割ける時間が減ってしまう。そういう方が多い印象です。

多くの人は、大学を卒業する22歳前後で就職を迫られます。親御さんの理解があれば「作家を目指すから、1~2年実家で描かせてほしい」と言えるかもしれませんが、そう言えないケースの方が多いように感じます。結果として、働き始めることで、ちょうど伸びていた創作の勢いが止まってしまう。そういう状況を避けられる場所があるといいなと思っています。

日本には、クリエイター向けのシェアハウスのような場所はあります。音楽家や俳優、芸人などを目指す人たちが集まって住む場所ですね。ただ、マンガに特化していて、しかもフルサポートの環境というのは、まだほとんど存在していないと思います。

「VUY(ヴイ)」は、そうした空白を埋める場所になれたらと思っています。特にデビュー前の作家さんにとって、初期はお金もなく、孤独も大きな課題です。だからこそ、集合住宅のような形で、同じ志を持つ仲間と暮らせる環境があると、精神的にも支えになるのではないかと感じています。

実際、年齢が少し上の作家さんからは「孤独がつらい」という声も聞きます。家族がいない方も多く、そういう方々にとっても、安心して創作に集中できる場所があることは大きな意味を持つと思います。

もちろん、全員が納得するような住まいの形をつくるのは簡単ではありません。好みも生活スタイルも違いますし、何かしらの我慢が必要になることもあるでしょう。でも、孤独とどう向き合うか、創作とどう向き合うかという課題に対して、少しでもハードルを下げられるような仕組みを考えていきたいと思っています。若手には若手向けのアプローチがあるし、ベテランにはまた別の形があるかもしれません。たとえば、近所に住む人がみんな作家だったら、それだけで気が楽になるかもしれない。集合住宅なのか、作家の町なのか、まだわかりませんが、そういう未来の可能性も含めて、今いろいろと考え始めているところです。

マンガ業界の未来を見据えて

ーーーどうしてそこまで作家さんのことを考えているのでしょうか

そうですね…。根本的には、僕がマンガという表現がすごく好きだから、というのが大きいと思います。面白いマンガが増えれば、僕自身が読者としても嬉しいし、編集者としても幸せです。だから、すごい作家が増えてくれることは、純粋にありがたいんです。

皆さんがどこまで業界全体のことを考えているかは人それぞれですが、考えている人は確かにいると思います。特にジャンプグループは、外部からの引き抜きをあまり行わず、自社で育成することを重視しています。「育成をやめたら業界が終わる」という危機感があるからこそ、若手への投資を惜しまない姿勢があるんです。

たとえば、増刊号。あれは基本的に赤字なんですが、それでも出し続ける。なぜかというと、若手が作品を発表して、伝わらない、響かない、という痛い思いをしないと成長できないからです。数万部しか出版しないいし、反応も少ない。でも、それでも出す。これは業界全体の未来を考えているからこその行動だと思います。

もちろん、余裕がないとそういうことは考えられません。「いいから早く売れっ子を出してくれ」「このままじゃ雑誌が死ぬ」というメディアもあると思いますし、実際にそういう声も聞こえてきます。でも僕自身は、マンガが本当に好きで、すごい作家が増えれば、自分が納得できる面白いマンガが増える。それが嬉しい。老後に読むものがたくさんある方が幸せだと思うし、マンガに限らず、映画や小説もずっと面白ければ、退屈しない人生になるんじゃないかと思っています。

だから、自分がいる業界が豊かになることは、結果的に自分自身の幸せにもつながる。これはすごく普通の感覚だと思っています。業界全体が膨らめば、自分のところにも才能が集まりやすくなる。自分のことだけを考えているわけではないけれど、業界のために動くことが、自分のためにもなる。その一致感があるんです。

もちろん、エゴがまったくないわけではありません。いい才能に出会って、その作家が売れっ子になってくれたら、僕はハッピーです。ビジネスとしても嬉しいし、感覚としても嬉しい。だから、邪念があるというよりは、自然な欲求として「売れてほしい」と思っています。ただ、「売れればそれでいい」とは思っていません。なるべく長く、作家が生き残ってほしい。摩耗して終わってしまうのではなく、持続可能な形で創作を続けていけるようにしたい。そういう思いは常にあります。

ーーー最近はコンテンツが消費されるスピードがとても早いと感じます

最近はそのように言われることも多いですが、僕自身はそこまで早まっているとは感じていません。たとえば、今年も『鬼滅の刃』がヒットしているし『名探偵コナン』も今なお売れている。そういう作品がしっかりと愛され続けているのを見ると「いいものはちゃんと残るんだな」と思うんです。

確かに、消えていく作品の数は増えているかもしれません。でもそれは、そもそも生まれる作品の数が増えているからだと思います。発表の場が圧倒的に増えていて、マンガアプリ、動画配信サービス、SNS、映画、ドラマなど、物語を届けるチャンネルが多様化しています。結果として、作品数が増え、平均的なクオリティが下がってしまう傾向もある。雑に作られたものが多くなれば、当然消えていくものも増えるわけで、それを「消費が早い」と感じてしまうのかもしれません。

でも、これは悪いことばかりではなくて、強度が低い作品でも世に出せる環境があるということは、トライアンドエラーの機会が増えるということでもあります。つまり、才能が育ちやすい環境になっているとも言えるんです。

ただ、課題もあります。今は“ぎゅっと絞って天才だけが上に上がる”というより、“広く開かれた中でじわじわと上がっていく”ような構造になっていて、適切なタイミングでストレスや磨きの工程を経ないまま、ちょうどいい才能がそのまま売れてしまうこともある。そうすると、本来もっと高く飛べたはずの才能を見逃してしまう可能性もあるし、育成のチャンスを失ってしまうこともある。

だからこそ、僕らのような立場の人間が、適切に絞る場や育成の仕組みを用意していく必要があると思っています。今の環境は、可能性に満ちている一方で、見落としやすいリスクもある。そのバランスをどう取るかが、これからの課題だと感じています。

ーーー作家さんとのコミュニケーションについて、どのように考えていますか?

実際に会話を通じて分かり合うことはとても大事だと思っています。ただ、僕自身は「話しすぎること」が必ずしも良いとは思っていません。

以前、僕のことをライバル視している編集者の方がいて、「林さんに勝つために、僕はめっちゃ打ち合わせします!」と言っていたんです。それを見て、「頑張れ」と思いつつも、同時に「喋りすぎってどうなんだろうな」と感じたんですよね。作家さんと編集者が延々と話し続けることで、話したことで満足してしまったり、納得してしまって、作品に込める熱量が下がってしまうんじゃないかと。だから僕は、打ち合わせは基本的に1時間~1時間半切ることが多いです。「今日話したことを目指して頑張ろうね、以上!」という感じで。

もちろん、雑談が必要なときや、メンタル的に不安定な方には、人生相談も含めてしっかり話します。アニメや、二次利用の打合せが多くて、長時間の打合せになることもあります。でも、物語に関する打ち合わせに関しては、長く話すことが必ずしも良いとは限らない。話し終えたらすぐに描き始められるような状態で終えるのが理想です。

ーーー描くことへのスタンスも、かなり明確ですね

はい。結局、こっちが催促し続けないと描けないのであれば、それってずっと続けるの?って思ってしまうんです。だって、それは君の作品であって、僕の人生ではない。だから、「君の人生だから、君が選んでください」と伝えるようにしています。描かない人には、僕は自然と距離を置くようになってしまいます。自分から連絡もしなくなりますし、「どうせ描かないし」と思ってしまう。もちろん、それで生活できるならそれはそれでいいと思います。でも、やっぱり自分から描く人の方が多く生き残っていく。自分との打合せで、「描きたい」「描ける」と思う人が増えると嬉しいと思って働いています。

ーーー編集者としての役割を、どう捉えていますか?

編集者って、作家の背中を押す存在ではあるけれど、ずっと手を引いて歩く存在ではないと思っています。だからこそ、適切な距離感と、適切なタイミングでの関わり方を意識しています。最終的には、作家自身が自分の足で立って、自分の言葉で物語を紡いでいく。そのためのサポートができれば、それが一番だと思っています。

ーーーマンガ業界以外のエンタメ業界について、どのように見ていますか

最近は、ゲーム業界やアニメ業界の動きがすごく活発だなという印象があります。特にゲーム業界は、資金力が圧倒的にあるので、かなり大規模なプロジェクトが動いている印象です。

アニメ業界も、ここ数年で育成枠がどんどん増えてきています。以前は若手の育成があまりされていなかった印象ですが、今は「このままじゃ若い世代が育たない」という危機感から、ちゃんと給料を払って育成する動きが出てきている。まだ何者でもない若い人たちに対して、1~2年かけてプロに育てる体制が整ってきているのは、すごくいいことだと思っています。

ーーーアニメ業界ではマンガ原作の作品も多いですよね

そうですね。今はマンガや小説を原作にしたアニメが主流になっています。マンガが売れていくパターンもいろいろあって、純粋に面白いから評判になって部数が伸びるケース、マンガ賞を受賞して注目されるケース、メディア化をきっかけに一気に広がるケースなど、さまざまです。メディア化って、ある意味“宣伝”でもあるので、ほとんどの作家さんが「アニメになったらいいな」「映画になったら嬉しいな」と思っているのが普通だと思います。連載が始まったタイミングで、作家さんとは「どうやって世の中に届けていくか」という話をしっかりします。SNSでの発信や宣伝の仕方、どういう層に届けたいかなど、作品の特性に合わせて一緒に考えていきます。

“描きたい”を支える場所として

ーーー作家さんの夢やモチベーションについてはどう捉えていますか?

何をエネルギーにしてくれてもいいと思っています。お金でも名誉でも、承認欲求でも、夢でも。たとえば「アニメになって、声優さんと結婚したいです!」なんて言う人もいても、別にいいんじゃない?って思います。

創作って本当に大変な作業です。僕自身はマンガを描いたことがないですが、朝から晩まで考えても思いつかない時は思いつかない。そういうしんどさを抱えながら、それでも描き続ける人たちを、僕は心から尊敬しています。

ーーー現在「VUY(ヴイ)」は二期生を募集していますがどのような方に応募してもらいたいですか

本音を言えば、やっぱり“天才”に来てほしいとは思います。天才が一人でも入ってくれれば、その空間や組織の空気がガラッと変わる可能性がある。そういう力を持っている人って、確かにいると思うんです。でも、最初から「この人は天才だ」と見抜くのは、正直難しい。だからこそ、僕が本当に来てほしいと思っているのは“真面目に描き続けられる人”です。ずっと描いている、ずっと作品に向き合っている。そういう人が何人も集まれば、自然とその場所の空気が「描かなきゃ」「描くべきだ」という雰囲気になっていくと思うんです。今も「VUY(ヴイ)」はそういう空気感になっていると思いますし、それが続いていけば、場所そのものが持つ力になる。あそこにいると、自然と描きたくなる。描かなきゃいけないって気持ちになる。そんな空間って、すごくいい場所だなって、個人的には思っています。

ーーー作家を目指している人たちにメッセージをお願いします

「楽しい仕事ですよ」と、素直にそう思っています。もちろん、クリエイターという括りで見ると幅が広すぎて一概には言えませんが、ことマンガに関しては、特にそう感じます。

作家の仕事って、基本的には机に向かって一人で描くものですよね。でも、その作品が連載されると、3~4週間後には世の中に発表されて、しかもそれが全世界の人に読まれる可能性がある。今では多くの他言語に翻訳されていて、予想もしなかった国から感想が届くこともあります。自分がマンガを描き始めた頃には知らなかった国で出版されていたりするんです。

ちょうど先週、フィンランドに行ってきたんですが、現地の書店にもちゃんとマンガコーナーがあって、『SPY×FAMILY』も『チェンソーマン』も並んでいました。意識していない国でも作品が届いていて、翻訳されているんだなと実感しました。

日本で、あるいは世界中で、机の前で描いた作品が、数ヶ月後、数年後にいろんな国で読まれて、感想が届く。そんな仕事って、なかなかないと思うんです。小説家も最近は海外で評価されることが増えていますが、マンガは絵がある分、言語の壁を越えて届く力がある。絵の魅力や熱量が、言葉を超えて伝わるんです。

だからこそ、もし少しでも「描いてみたい」「作ってみたい」と思っているなら、マンガ家は夢中になる価値のある仕事だと思います。楽しいですよ、と、心からそう伝えたいです。

現在「VUY(ヴイ)」では、9月末まで2期生の応募を受け付けています。この記事を読んで、少しでも興味を持ってくださった方がいれば、ぜひエントリーしていただけると嬉しいです。マンガに本気で向き合いたい方、描き続ける環境を探している方、そして自分の作品を世界に届けたいと思っている方にとって、「VUY(ヴイ)」はきっと力になれる場所だと思います。

応募要項&エントリーはこちら
《森 元行》
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