■変わらぬ物語の味わいと、ボイスを選べる安心感

グラフィック表現が大きく変わった一方で、物語に関わる部分の多くは当時のまま。当時、好評を博したシナリオ(PS版ベース)もほとんど変わってないため、再誕にありがちな改変にがっかり、といった残念要素はほぼ皆無です。
『ToHeart』はビジュアルや音楽なども高評価の一因ですが、ヒロインの魅力と内面を深掘りするシナリオが人気を博したもっとも大きな理由でした。多くのプレイヤーが支持する物語が“ほぼそのまま”なのは、未経験者にとっても嬉しい材料のひとつでしょう。

また、PS版以降、キャラクター陣に声がつきましたが、今回発売された新生『ToHeart』では、当時のキャスト陣で楽しめる「レガシー」と、新たなキャスト陣が声をあてる「モダン」の2種類を用意。キャラクター毎に、当時と今のボイスを設定できます。
当時から『ToHeart』に触れていた人は、「レガシー」の声に思い入れがあると思います。本作ではその思いに応えるべく、新キャストのボイスのみだけでなく、オリジナル版のキャストのボイスも聴くことができるのです。

加えて、2種類の担当ボイスがあるのは未経験者にも十分恩恵があります。単純に考えてヒロインごとに2パターンの声が選べるため、より好みの演技や声質をチョイスできます。自分が想像したイメージの声に近い方を選べば、結ばれた時の喜びはさらに増すはず。

個人的な話ですが、あかり役を長年務めた川澄綾子さんのボイスは、距離感の近さとおだやかな包容力が感じられ、「まさにあかりの声」という印象を今も受けました。一方、新生版では市ノ瀬加那さんが演じており、リアルな幼なじみっぽさのある声の表現に、新たなあかり像を感じ、こちらもかなり魅力的です。

その結果、ちょくちょくボイスを切り替えたり、同じセリフを2回再生したりと、非常に移り気なプレイだったことを告白します。
■他愛のない日常とささやかで大きな変化を、今も描く新生『ToHeart』

目に見えて変わった点、変わらずに再会できた点、新生『ToHeart』にはその両面がありましたが、いずれもかつての名作を損なうものではなく、この令和に登場する上で必要な変化とこだわりだったように思います。
ただし、シナリオが基本的にそのままなので、主人公やヒロインが過ごす日常の時代性も変わっていません。そのため、彼らの生活にスマホはありませんし、本を買うにもネットではなく書店に出かけます。

メイドロボや超能力といった要素が出てくるとはいえ、描写から物語まで『ToHeart』の根幹にあるのは穏やかな日常です。しかし、あくまで当時の日常なので、現代の日常と照らし合わせるとズレを感じてしまうかもしれません。
穏やかな日常だからこそ親近感を覚える人々を描く作品ですので、本作で初めて『ToHeart』に触れる人は、この点を踏まえた上でプレイしましょう。

世界の滅亡に関わったりはせず、時間や次元を超える出会いもなく、避けられぬ誰かの死を目の当たりにするような展開も『ToHeart』にはありません。
しかし、誰の身の上にも起こりかねないささやかな変化が、少年少女の心に小さからぬ葛藤を生むーーそんなドラマを丁寧に積み重ねた物語こそが、『ToHeart』の魅力です。

他愛のない会話を交わすだけの登校を、味気ないと感じるか、そこに日常を見出すか。当たり前の日々に価値を感じられる人であれば、かつての『ToHeart』を味わった経験がなくとも、新生『ToHeart』を十分楽しめることでしょう。
また、描画表現による変化を味わえるのは、経験者だけの特権です。変わらず素晴らしい物語を、この令和に改めて触れられるのもひとつの幸いでしょう。価格も、ダウンロード版なら3,080円(税込)、スイッチのパッケージ版でも4,378円(税込)とお手頃なのも嬉しいところ。

ファンにも未経験者にも、それぞれの理由からお勧めできる新生『ToHeart』。春に始まる物語を、この夏に楽しんではいかがでしょうか。
なお、本編ではサブキャラクターとしての登場だった「セリオ」と「佐藤雅史」の新たなストーリーが、DLCとして配信されました。「レガシーボイス」こそないものの、当時描かれなかったふたりの物語が紡がれるのも、新生『ToHeart』ならではの要素でしょう。
誰にとっても初めての“セリオと雅史の物語”、こちらもどうぞお見逃しなく。
『ToHeart』はニンテンドースイッチ/Steam向けに販売中。価格はDL通常版が3,080円(税込)、パッケージ版が4,378円(税込)です。詳しくは公式サイトをご確認ください。