■冒険に挑む意志を否定した先に待つものは?

『ドラクエ』シリーズの多くは、旅立ちの段階ですでに「魔王を倒す」などの明確な目的が用意されています。
しかし『ドラクエ7R』は、「自分たちが住んでいる島以外に、何かあるのでは」という好奇心や冒険心がきっかけになっており、世界を救うという目的は、ゲームがある程度進んだ後の話になります。


現代の世界は、表面的には平和なため、冒険に挑む緊急性は感じられません。そのため、王子のキーファはその立場から冒険への参加を禁じられ、網元の娘・マリベルも両親から反対されてしまいます。

主人公の場合、キーファやマリベルほど強固な反対ではなかったものの、父・ボルカノから、「人に心配をかけて冒険をするのは、あまり感心しないな」「今後も冒険を続けたいのか?」と、その覚悟について問われます。
ここで「いいえ」を選ぶと、ボルカノはその返答は予想していなかったのか、「そうは言っても、じつのところは旅に出たいのだろう?」と、改めて主人公の真意を訊ねます。

その後も、「オレや母さんに遠慮していないか? 本当は冒険を続けたいのだろう?」「お前が旅に出なければ、ほとんどの島が失われたままになる。本当にお前はそれを望むのか?」と、むしろ冒険を勧めたいのかと思うほど、ボルカノは辛抱強く問いかけを続けます。

これでもなお「いいえ」を選び続けると、「そこまで言うのならば、それがお前の本当の気持ちなのだろう」とボルカノも納得し、主人公は冒険をやめ、漁師を目指す生活が始まります。

「いいえ」で押し通して冒険を諦める選択を選んだため、これは当然の結果と言えるでしょう。しかし、戯れに「いいえ」を選んだのだとしたら、その遊び心で冒険の道が閉じてしまいます。失ったものの大きさは、筆舌に尽くしがたいほどです。
■願いを拒み続けた結果、ムービーで描かれる悲劇

本格的に冒険を始めてすぐに、主人公たちは「エンゴウ」にたどり着きます。この村では、山の火口に「聖なる炎」を投げ入れる「火送りの儀式」が定期的に行われており、主人公一行もこの儀式に立ち会うことになります。
しかし、その直前に村の占い師・パミラが、「山が炎を噴き上げる」と予言。そのため儀式の中止を訴えますが、どれほど熱弁を振るっても村人たちは聞く耳を持ちません。

そこでパミラは、主人公たちに助力を願い出ますが、ここでも選択肢が登場。そして「いいえ」を選ぶと、今回も会話はループせず、「炎の精霊に導かれ現れた救いの者だと思ったのじゃが……」「すぐにこの地を離れるといい」と返答し、主人公たちの身を案じてくれます。
パミラの説得も空しく「ほむら祭り」は開催され、主人公たちも誘われるがままに「聖なる炎」を火口へ放り込みました。村人たちも続いて「聖なる炎」を投げ入れる中、ここでパミラが主人公たちにもう一度頭を下げます。

「最後の頼みじゃ!」「わしらの村を救ってくれっ!」と頼み込まれますが……ここでも選択肢があり、「いいえ」と返答すると、「わしはあきらめたよ。運命には逆らえぬということか」とこぼし、パミラは説得を諦めてしまいました。

早くこの地を離れろと、最後まで主人公たちの身を案じるパミラ。しかし「もう間に合わないかもしれぬがな」と、不吉では済まない一言を残します。


その言葉が引き金になったかのように、突然火口から火柱が上がり、溶岩が噴出しました。しかもこの模様は、臨場感たっぷりの映像で描写され、溶岩が村を飲み込んで焼けつくす様まで、余すところなく描かれます。

パミラの願いを「いいえ」で断り続けた結果、溶岩に没する村を、迫力満点の映像で眺めることになったプレイヤーの心境は、推し量ることしかできないでしょう。「はい」を選んでおけば、違う未来もあったはずなのに……。

「どうせ会話がループするだろう」と決めつけ、安易に「いいえ」を選んでしまうと、とんでもない悲劇に見舞われることもある──これが、『ドラクエ7R』の侮れない点です。
ただし、「いいえ」を選んで冒険を諦めたり、溶岩で村が焼き尽くされても、それは幻のようなものとして扱われ、選択肢からやり直すことができます。過酷な展開を目の当たりにするものの、取り返しは効くので、まだプレイしていない人はご安心ください。

とはいえ、全てがやり直せるわけでもありません。ウッドパルナにおける選択の結果は、「はい」でも「いいえ」でも、そのまま冒険は続きます。あの村の人々が勇気のないままでも、この世界の物語は問題なく進みます。いえ、進んでしまうのです。
そして、ウッドパルナのような分かれ道は、冒険を進めた先で訪れる「レブレサック」でも発生します。そこでどんな選択をし、いかなる結末に辿り着くのか。それは、あなたのプレイにかかっています。














