■「不安」に宿る、決断の重みと満足感

今回の体験版をクリアして心に強く残ったもののひとつに、「不安」がありました。それは、クオリティや完成度への不安──とはまったく異なります。むしろ、体験版で味わった感触は非常に良く、「今回もかなり楽しめそうだ」と感じたほどです。
そうした安心感とはまったく別の部分で、胸の奥に引っかかる「不安」。その正体は、シナリオの中でプレイヤーが向き合う「選択」と、その結果にあります。

体験版では、ウッドパルナの村を舞台にしたエピソードが描かれます。村に迫る災難と、それにどう立ち向かうのか。この一連の流れの中で、プレイヤーはひとつの選択を迫られることになります。そしてプレイヤーの選択が、村の人々の振る舞いや、ある少年の行動に変化を及ぼします。
詳細なネタバレは避けますが、プレイヤーがとある行動を起こすかどうかによって、村の少年が勇気を持って立ち上がり、村人たちを説得するか否かに分岐するのです。ただし、説得の如何に関わらず、プレイヤー自身の活躍によって災難そのものを退けることになります。

表面的な結果だけを見れば、どちらの道を辿っても村は救われます。しかし、そこに至る過程と後々まで残る結果は決して同じものではありません。
少年が上げた声をきっかけに、村人たちが過ちを認める道を選んだ場合、かつての後悔を教訓とした行動を目にすることができます。一方でそうならなかった場合、村は助かるものの、人々が抱いた後悔や反省は時間の流れに埋没し、忘れ去られてしまいました。
■心地よさもモヤモヤも、記憶に残るプレイ体験

プレイヤーの判断次第では、後味の悪さやモヤモヤが残る展開もあり得ます。もちろんそれは、決して気持ちのいい体験ではありません。しかし、何を選んでも実質的に何も変わらない選択肢よりも、プレイヤーの判断が展開や結末に影響を与える方が確かな遊び甲斐を覚えます。
自分の選択によって望ましい結末に辿り着けたときの満足感は、誰かに与えられたものではなく、自ら掴み取ったもの。逆に、失敗や後悔はモヤモヤするものの、それもまたプレイの一部となり、時に成功よりも強く記憶に残ることがあります。結果に良し悪しはあっても、どちらも貴重なプレイ体験です。

「自分が選んだ選択は、本当に正しかったのだろうか」──そう自問自答しながら物語を進める不安は、やがて忘れられない思い出へと変わっていきます。そのことを、体験版という短い時間の中で実感させてくれた『ドラゴンクエストVII Reimagined』に、期待が高まらないはずがありません。

ちなみに、ウッドパルナの住人が示す結末とは別に、少年に対して「とあるアイテム」を渡すor渡さない、あるいは返してくれるアイテムをあえて受け取らない、という選択肢も本作に用意されていました。この選択が今後の物語にどのような影響を及ぼすのかは、体験版の時点では不明です。
だからこそ、「あの選択は正しかったのだろうか」「後の物語で、何かが変わるのではないか」という不安と期待が、体験版を終えた今も心に残り続けています。

システムの完成度、遊びやすさ、そして選択に重みのあるシナリオ。そのすべてが合わさった結果として生まれた“心に残る不安”が、本作に向ける期待をさらに押し上げてくれました。
「とあるアイテム」の顛末について、製品版の『ドラゴンクエストVII Reimagined』がどんな顛末を見せてくれるのか。その答えを確かめる日を、一抹の不安と大いなる期待を胸に秘めつつ待ちたいと思います。















