
2025年9月3日、シャープは独自技術「プラズマクラスターイオン」を用いた共同研究の成果を発表しました。対象となった競技は人気タクティカルシューター『VALORANT』。西日本工業大学の協力のもと、プロeスポーツチーム「QT DIG∞」が実証実験に参加し、「判断力と立ち回り面で向上効果が確認できた」と発表されました。
さらに同日、QT DIG∞とのスポンサー契約も締結。空気清浄技術とeスポーツという一見接点のなさそうな分野が交差した発表会は、多くの関係者・報道陣を集める形となりました。
どうして空気とゲームなのか?背景にある関係性


プラズマクラスターは2000年代初頭から空気清浄機やエアコンに搭載されている技術で、空気中の水分子を活用したイオンにより、空気中の菌やウイルスを抑制したり、静電気の低減を図ったりする効果が広く知られています。
一方で、ここ数年は「人のパフォーマンス」への影響も研究対象となってきました。過去には自動車運転シミュレーターを用いた実験で、ドライバーの反応速度が短縮したり、眠気の抑制や集中力維持が報告された例があります。これをスポーツやeスポーツにも応用できるのではないか、というのが今回の研究の出発点です。


eスポーツは競技時間が長く、わずかな反応速度の違いや判断のブレが勝敗を大きく左右する分野です。これまで “環境改善” の努力は、主に高リフレッシュレートモニターやゲーミングチェアなど「物理的な機材」への投資に集中していましたが、シャープは「空気そのものの質」という一風変わった視点から選手のパフォーマンス支援を狙いました。
「エイム」よりも「判断力」アップの効果


実験は2024年にQT DIG∞のプロ選手、延べ10名を対象に2回行われました。タイトルに採用されたのは同チームが日常的に競技している『VALORANT』で、実際の練習試合形式に準じた条件でプレイが行われました。
環境条件:「プラズマクラスターイオンを選手の顔周辺に照射」する場合と、「送風のみ」の2条件を比較。
試合形式:1日3試合を実施し、各試合は攻撃・防衛を交互に戦う公式ルールに準拠。合計で最長24ラウンド(13本先取)をプレイ。
評価指標:
ADR(Average Damage per Round):1ラウンドあたりに与えた平均ダメージ量。120~130がプロ選手の一般的水準とされ、140を超えるとチームを勝利に導ける成績とみなされます。
K/D(Kill/Death Ratio):撃破数をデス数で割った比率。1.0を超えると“平均以上の成績”。トップ選手では1.2~1.3を記録します。
KDA(Kill/Death/Assist比率):チームプレイの貢献度を示す複合指標。


さらに選手へのヒアリングにより、プレイ中の集中度、疲労感、精神的安定についても確認が行われました。解析の結果、いくつかの指標で有意に改善が確認されました。
ADR:平均122 → 140 に上昇
K/D:0.88 → 1.05 に改善し、ついに「1.0の壁」を突破
KDA:1.23 → 1.49まで向上
特にK/D比の改善は「不用意なデスの減少」が背景にあると見られ、チームの勝率へ直結する効果が示唆されました。選手からも「いつもより少し冷静に戦えている感覚がある」「集中が持続しやすく、判断ミスも減った手ごたえを感じた」といった実感が寄せられ、体調や精神面の支えとして作用している可能性も浮かび上がりました。


西日本工業大学の古門良亮准教授は「射撃精度そのものよりも、状況判断や立ち回りといった認知的な要素に違いが現れていた」と分析します。集中力が持続し、冷静に選択できたことが数値の改善につながったという考えを示しました。
また、QT DIG∞コーチのikedamaru氏は競技的意義を強調し、「わずか1ポイントのK/D差がマッチの勝敗を分けることもある。チーム全体で平均値が改善したのはトーナメントを戦う上で非常に価値がある」と述べています。
スポンサー契約の狙いは支援+実証のタッグ

発表会では研究成果に続き、シャープとQT DIG∞がスポンサー契約を締結したことも発表されました。QT DIG∞は国内外の大会に参戦するプロチームですが、今回の契約は単なる金銭的支援に留まらず、研究協力や練習環境への技術提供を含む包括的な取り組みです。

QT DIG∞代表・西田圭氏は、「従来のスポンサー契約はロゴ掲載やユニフォームでの露出が中心だが、今回の契約では実証実験など『結果を数字で示す場』が含まれている。金額だけで評価できない支援であり、選手にとっても大きな意味を持つ」とコメント。一方で、公式大会での導入については「ルールとの兼ね合いがあるため、即時には難しい」としつつも、規定が許す場面では前向きに検討していく方針を明らかにしました。
取材陣との質疑応答
発表後には、取材陣との質疑応答が行われました。その一部をインタビュー形式で再構成します。
――通常の空気清浄機でも同じような効果が期待できるのでしょうか?
A: 一般的な空気清浄機では難しいと思います。重要なのは「顔周辺でのイオン濃度」で、今回の研究では10万個/㎤以上を確保しました。通常のモデルは5万個前後であり、条件が異なります。
――検証は2回の試験とのことですが、それで十分と言えるのでしょうか?
A: 今回の2試験で6試合分のデータを取得し、統計的に有意差が確認されました。100回試験しても95回は同じ結果になる確率、いわゆる“有意水準”を満たしています。今後はサンプル数を増やして再現性をさらに確かめていく予定です。
――大会で実際に使用することは可能ですか?
A: 大会ごとに規則は異なるので現段階では明言できません。ただ、モニター上に小型装置を設置するだけなので、物理的には大きな妨げにはならないと考えています。運営側との協議次第ですね。
――スポンサー契約の内容についてもう少し教えてください。
A: 金額的支援だけではなく、研究・実験を含めた包括的な契約です。実証実験を通じて得られる知見そのものも、契約の重要な一部になっています。従来のスポンサーシップより幅広い関係だと理解いただければと思います。
まとめ:「空気バフ」が当たり前になる日が?

プラズマクラスターはこれまで“生活を快適にする”ための技術として認知されてきましたが、今回の事例は「勝負の行方を左右するファクター」に進化する可能性を示しました。
eスポーツは年々プロ化が進み、コンディショニングやトレーニング理論もスポーツ科学の知見を取り込んできています。その中で「空気の質を整えることで集中力を底上げする」という発想は、従来にない新しい切り口です。もちろん現段階ではサンプルの規模が限られており、レギュレーション面での課題も残ります。しかし、未来を見据えれば、大会の控室に空調機器と共に「集中サポート機材」が並ぶ、そんな光景も現実味を帯びてきました。
“空気バフ” が競技を変えるかもしれない。シャープとQT DIG∞の挑戦は、その一歩を示したと言えるでしょう。
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