
ネクソンは、2025年6月24日から26日にかけて「Nexon Developers Conference 2025(NDC)」を韓国にて開催しました。NDCは『メイプルストーリー』『ブルーアーカイブ』『デイヴ・ザ・ダイバー』などを手掛けるネクソングループをはじめとして、第一線の開発者らが集まり知識の共有を図るカンファレンスです。
本稿では今年のNDCの最後を飾る講演「テセウスの船はまだそこにある」の模様をお届け。22年の歴史を持つ『メイプルストーリー』と「“テセウスの船”の部品を入れ替えていき、初めの部品が残っていなくなってもそれはまだ“テセウスの船”と言えるのか」と問う哲学的命題をかけ、それに『メイプルストーリー』開発陣が問う内容となりました。
「変わる期待」と「変わらない期待」…22年続く『メイプルストーリー』はいまだ“テセウスの船”なのか?
登壇者はク・ユリ氏、キム・ジェユ氏、チョン・ヒョンジョン氏の3名。まずはライブサービス型ゲームにおいて「ユーザーの期待」とは何かについて語られていきました。
一般的なコンソールゲームやコンテンツなどにおける期待は、「ユーザーが始めから求めているもの」そして「ユーザーの期待を良い形で裏切ること」によって満たされます。基本的に消費者の期待は初めから大幅に変わることはなく、製作者が目指すところは一定しているものですが、ライブサービス型ゲームではその事情は異なります。
長期運営の過程では、必然的に当初の期待は変化していき、新しい期待に応える必要が出てくるためです。これには年齢や環境の変化などが影響します。『メイプルストーリー』はこれらに対応していったと言いつつも、同時に「変わらない期待」も確実に存在しており、「変わる期待」「変わらない期待」ふたつを分析していくことが重要だと述べられました。この点において『メイプルストーリー』22年間のアップデート事例を振り返りつつ、講演は進められます。

たとえば過去『メイプルストーリー』ではバトルは成長のためのメインコンテンツであり、戦略的なポジショニングや役割分担も必要な密度の高いバトルだったとのこと。しかし現在でその「期待」は変化し「モンスターがリポップするまでの7秒間で、一撃で倒す」ことが重視されることになりました。つまり過去のプレイヤーはバトルにおいて「密度の高さ」を望み、現在のプレイヤーは「効率の良い成長」を望んだわけです。

そしてこの“7秒ごとの殲滅”には「狩りが上手いこと」も関わってきます。この流れの中では、「狩りがしやすいアークメイジ」と「狩りが苦手なブラスター」を揶揄したネタまで登場。この「ブラスターの狩りにくさ」を『メイプルストーリー』運営はユーザーの疲労度と捉えて調整していくことになります。
しかしここで直面したのが「企画」と「期待」どちらを優先するかということ。バトルにおいて操作法や面白さを感じていく当初の企画と、楽に狩りを行いたいユーザーの“変わった期待”が相反したのです。

そして、『メイプルストーリー』はユーザーの期待に応えることを選びます。リリース直後からみて「ここまで楽になっていいのか」という悩みを持ちつつも、結果ユーザーには好反応だったとのこと。

また、ボスバトルでも前述のような「期待の変化」は存在しました。当たり前ですが、ボス戦は攻撃を避けることが重要です。この点で“ボスとの距離によって攻撃力が変化するジョブ(クロスボウマスター)”は他プレイヤーとボス戦の難易度が異なっていたのです。この不満を受けた結果、クロスボウマスターからは「距離によって攻撃力が変動する要素」はなくされました。

ボス戦で発生したもう一つの問題は、長期運営で強くなったボスに対抗するための「バフを付与するための時間」だとされます。最大火力を出すためのスキル回しはプレイヤーのプレイテクを測れる要素ですが、それがボスバトルを合理的に面白くしているかという点が疑問視されました。というのも、プレイヤーは「メインスキル中に被弾し倒れる」には納得する一方で、「バフスキル使用中に被弾すること」は理不尽だと感じるのです。

講演では、魔法少女やロボットが変身している途中で攻撃を受けてしまっているような状況と言われます。そして導入されたのが、自動でスキルを発動するシステムです。
このようにプレイヤーの「変化する期待」に応えることは22年間、サービスを続けるうえで重要な要素であり、『メイプルストーリー』がここまで生き延びたのは「一緒に変わっていくこと」を選んだからだったと語られました。

続いては「変わらない期待」について言及されていきます。この期待は、端的に言うと「プレイした価値の保存」。長期運営では「その一瞬を楽しむ」だけでなく、プレイヤーが蓄積してきたデータの価値、経験値や資産などを損ねてはいけないのです。
この取り組みは「メル(通貨)」への問題意識から始まったとされました。まず前提として、長期運営で避けられないのはインフレであり、メルの価値が下がることです。
これは報酬の増加や新規参入のハードルを下げるために必要なことだとしながらも、「プレイした価値の保存」のため、“メルの使い道”を維持していく必要に駆られたのです。そこで行われたのが「スターフォース」の導入。確率で失敗してしまう強化要素です。約20%ほどのメルがここに投入されるようになりました。
スターフォースは当初、「強化の目安」として22星が明確な目標を用意されました。しかしさらに時間が経つとこの22星を達成したプレイヤー、そしてアイテムは必然的に増加していきます。こうなると「スターフォース」の強化をやめるプレイヤーも出てくるため、また、“メルの使い道”という役割は薄れてきてしまいます。

そこでさらに“23星以上の強化”に更なる魅力を追加し、既存の23星以上のアイテムの価値下落にもつながってしまうため、特別なケアを実施したとのこと。このように「メルの使い道」を維持して、インフレしていく状況でもプレイの価値が極端に落ちてしまわないように図っていったと述べ、これは成功であったと言われました。

エンドコンテンツであるジェネシス武器も「プレイした価値の保存」に関わります。ジェネシス武器は2018年に追加された最終武器で、獲得に最低8か月かかるという代物。これの導入は数年間プレイヤーの最終目的として機能したと語られますが……しかしこれも同様に、時間経過とともに保有者が増え、エンドコンテンツ足りえなくなってしまいます。

そしてデスティニー武器の実装を発表しますが、しかしこの発表はスターフォースとは違い批判にさらされます。議論の中では「メルの新たな使い道だ」という賛同や「プレイ価値が損なわれる」といった否定まであったようですが、この議論を受けて当初予定していた「メルの使用道」という要素を諦めることになりました。「エンドコンテンツとしての要素」のみを活かした継承方法に企画を変更したのです。当初の目的のすべては達成できなかったことで講演では「失敗事例」として語られますが、それでもこの変更によって「ファンの期待」を裏切らずに済んでよかったと語られました。
このように、「変わる期待」「変わらない期待」ふたつを両立し対応していくことがライブサービス型ゲームには重要だと語られます。
講演の発表者はチョン・ヒョンジョン氏に代わり、本講演のタイトルにもある“テセウスの船”と絡めた『メイプルストーリー』とは何かが語られていきます。「テセウスの船」とは、長期の修理によって船の部品全てが変わってしまい“当初とは物理的に違うもの”となってもそれはまだ“テセウスの船と言えるのか”という逸話のこと。

ライブサービスにおいて変化は避けられないものであり、いつの間にか最初の『メイプルストーリー』とは違うものとなってもそれはまだ『メイプルストーリー』か……「テセウスの船」と重ねて語られます。チョン・ヒョンジョン氏は、「一部のユーザーは「過去の『メイプルストーリー』が自分にとっての本物で、面白いゲームだ」というかもしれませんが、私たちにとっては変化していくことそのものを含めて『メイプルストーリー』だと考える」と答えを提示します。

重要なのは「それをテセウスの船だと信じている人がいるかどうか」というアイデンティティ。誰もが「テセウスの船って何?」と忘れてしまえば、それはその時点でテセウスの船ではなくなります。チョン・ヒョンジョン氏は時に「今の『メイプルストーリー』は『メイプルストーリー』と言えるのか」という聞かれると明かしたうえで、「プレイヤーに期待されなくなり、忘れられないかぎりこのゲームは『メイプルストーリー』であり続ける」と、ライブサービスにおいて重要な答えに回答を突きつけました。
『メイプルストーリー』は22年経った今もネクソンの看板タイトルで、多くのゲーマーに愛されてきた作品。「Nexon Developers Conference」を通して語られたこの信念は重みを帯びています。少し『メイプルストーリー』から離れていたという方も、もう一度この船に乗ってみてはどうでしょうか。
¥831 (¥3 / グラム)
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)